アルパイン ブランドストーリーアルパイン ブランドストーリー
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その音に、
覚悟はあるか。

音の匠、サウンドマイスター

2023.06.23

アルパインのリファレンスを作る。

「アルパインの音とは何か」。いきなり禅問答のような問いから始まるが、常に理想の音を求め続けているアルパインにとって、これは大きな命題だ。

そもそもアルパインはオーディオメーカーである。当然のことながら、生粋の音楽マニア、オーディオマニアが各地から結集している。音楽やオーディオ、音に関して一家言持った者が多い。いや、多いと言うより、ほとんどの者が音について何かを語る資質を持っている。現在、サウンド設計部で主任技師を務める中村清志も、その中の一人だ。小学生の頃から音楽やオーディオに親しみ、中学の頃にはすでにオーディオを将来の仕事として意識し初めていた。

 

しかし、優れた耳を持ち、優れた理論と知見を持った多くの技術者が集まっていれば、主張や意見が食い違うこともある。音の問題は、数学の答えのように正解はひとつではない。人によって考え方も感じ方も異なってくる。理想の音と一言で言っても、その解釈は無限である。

20世紀も終わりの頃、理想を求め進化し続けようとするアルパインの技術者たちの間では、その立脚点となる音のリファレンス(基準)を創らなければという意識が高まっていた。それこそが評価の高いアルパインサウンドを皆で極めていくことにつながると、考えたのだ。そう、今に続く「サウンドマイスター」のストーリーのはじまりである。

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そしてサウンドマイスターが生まれた。

まず、リファレンスをどうやって創るのか。その活動を推進するための土台となったのが、アルパインの「音感訓練」である。

 

アルパインでは1995年以来、社員の音質評価・設計スキルの効率的な向上を目的として、「聴能形成」を取り込んだ「音感訓練」と呼ばれる社内音響教育を実施していた。音や楽器、聴感に関する基本的な知識の習得から、音の変化に関する聞き分け、音の違いの表現、さらにはスピーカーのネットワーク、フィルタ調整などのチューニングに至るまで、毎回1〜2時間・週に2回のベースで2〜3ヶ月続く本格的な訓練である。

ちなみに、この「音感訓練」に関する実績は、後に日本音響学会誌にも発表されている。

 

この訓練の成績優秀者に声をかけ、意思のある者にさらにOJT(実際の仕事を通じた教育)を加えてアルパインの音に精通した専門家を育成しようと考えた。この専門家こそが、サウンドマイスターである。中村本人も音感訓練とOJTを通してスキルアップを果たしサウンドマイスターとなった一人だ。

 

基本的な知識の吸収と訓練による音感と聴力を向上させた上で、さらに選別された数人がOJTによってアルパインとして創り上げるべき音、つまり「アルパイン・サウンドのリファレンス(基準)」を学んでいく。このOJTに費やす時間だけでも2〜3年はかかる。その上で、さらにサウンドマイスターとしての経験とスキルを向上していき、実際に自分で音を判断して製品に反映していくには4〜5年はかかることが分かっていた。つまりサウンドマイスターとして一本立ちしていくには、それだけの長い期間を要するのである。それでもこの人材が必要だと決断し、会社全体でサウンドマイスター制度を確立していったのだ。

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サウンドマイスターに求められる製品視点。

現在、アルパインでサウンドマイスターの称号を得ている者は10人ほどだ。彼らは製品の開発段階からその方向付けをするとともに、製品化の各段階で音質をチェックし、アルパインの音として許容できるかどうかを厳密に判断していく。その過程では、製品の音だけでなく各種の音源や車室内、さらに走行状態での音響チェックも含まれる。そうした作業を経て、アルパインの製品すべてにアルパインの音が込められていくのである。

 

全体の作業量から言えば、決して10人という数は十分な人数とは言えないが、だからと言って無闇に人数を増やすことはしない。

 

実際、サウンドマイスターの役割は音の評価にとどまるわけではない。音を改善するために回路設計や部品選定にも関わり、それに関する提案も行う。もちろんその際には製品コストも視野に入ってくる。また、製品によっては車室内での音響特性の調整まで含まれるのだ。つまり、サウンドマイスターは音をベースに製品全体を見渡す製品視点が求められる。必然的にそれを確実に身に付けられる人材は限られることになるのだ。足りないからといって簡単に人数を増やすことはできないのである。

 

だからこそ、彼らはその能力を維持するために不断の努力を怠らない。音に関して言えば、日常でも常に高い意識を持って生活している。例えば、中村は通勤途中などでもヘッドホンで音楽を聴くことはほとんどないという。なぜならヘッドホンは、音の距離感や方向性があやふやで、それに耳が慣れてしまうと正確な判断ができなくなるからだ。また、大きな音は避けるようにして必要に応じて耳栓を用いたり、できるだけ自然環境での音や人の話声など、生の音に意識的に接するようにもしているという。さらに、自分自身の音の基準を維持するために、社内に設けられたリファレンスルームで音楽に浸る時間を設けたり、実際にコンサートに足を運んで実音の感触を確認することも忘れない。

 

音や音楽の基準と言っても、そこには明確に示される数値基準があるわけではない。サウンドマイスター自身がリファレンスそのものなのだ。だからこそ彼らは自らを律し自らを守り、常に最良の状態に自らを維持しようと努力している。そこにサウンドマイスターとしての責任を感じつつ。

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サウンドマイスターが背負う、責任と重圧。

数年前にこんなことがあった。すでにサウンドマイスターとして自立していた中村に、先輩のサウンドマイスターが突然強い口調である一言を投げかけた。「お前には、サウンドマイスターとしての覚悟があるか」と。

 

中村はショックを受けた。その当時、それなりに経験を積み努力も重ねてきた中村には、この言葉の真意が分からなかった。むしろ突然の出来事に戸惑いと怒りを覚えていた。それを理解できたのは、2021年に発表された3rdジェネレーションのAlpineF#1Statusの開発に携わった時だ。

 

アルパインが最高の音を求めたフラッグシップモデルであるAlpineF#1Status。その3rdジェネレーションに対しては、アルパイン社内はもちろんのこと、日本中の、いや世界中の注目と期待が集まっていた。中村はサウンドマイスターとしての誉れとともに、怖さを覚えた。この製品の音作りのすべてが自分に掛かっていると思うと、責任と重圧で押しつぶされそうになったのだ。そしてその時、先輩の言った「覚悟」という言葉を中村は思い出した。

 

「このことだったのか」。中村は彼が言った覚悟の意味に納得するとともに、その言葉が背中を押してくれているような気持ちになった。覚悟とは自分を信じる気持ちなのかもしれない。そう感じた中村は、その思いを胸に3rdジェネレーションのAlpineF#1Statusに挑んでいったのである。アルパインの音は、世界に誇る音でなければならない。カーオーディオの歴史に残る製品から放たれる音でなければならない。だからこその覚悟。中村の覚悟は次の世代のサウンドマイスターに受け継がれ、アルパインの音はこれからも人々を魅了していくに違いない。

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