型破りの発想が、
新時代を創る。
大画面ナビ、ビッグX誕生
ビッグXは、クルマの中で生まれた。
2009年秋、東京モーターショーの会場を目指して、1台のクルマが走っていた。その中には、4人の男が乗っていた。アルパインマーケティングの社長だった岩渕、そして酒井、西田。さらに福島県いわき市のアルパイン本社で製品の開発責任者を務める渡辺も同乗していた。予想以上に販売不振だったカーナビゲーションX07から一転、新たにリリースしたX08の販売が好調だったこともあり、4人の会話は弾んでいた。ステアリングを握る西田に、後席から岩渕が気さくな声で問いかけた。「西田くん。このカーナビの画面は、もっと大きくならないものかね?」。西田はルームミラーで岩渕と目を合わせながら応えた。「いや、それは無理ですよ。DIN規格でスペースが決まってるんですから。もし7型を8型にするとしたら…そうですね…このインパネ周り全部つくらないと!」。その頃のカーナビは、機能や性能で各社が競い合っていた時代。岩渕の言葉は、西田や酒井にとって軽い思いつきのようなものにしか捉えられなかった。「ひとつ、作ってみるよ」。そう言ったのは、渡辺だ。8型のナビ本体を試作してみると言うのだ。実は渡辺は、アルパインの技術系のトップであり、今までに無数の試作品を作ってきた男だ。アルパインには「とんがってるなら、やってみよう」というモノづくりの精神がある。独自の発想やアイデアであるならば、まず実行してカタチにしてみよう、モノづくりの最前線にいる渡辺の中のそんな精神が、すぐさま反応したのだ。
幾日か経ち、渡辺が試作品を持って、東京近郊にあるアルパインの開発室に現れた。そのカーナビは、X08の本体に8型画面がついた見慣れないカタチをしていた。開発室のメンバーが、試作品をのぞき込む。第一印象はさまざまで、「これ、売れるんですかね…」という声もあった。そんな中、メンバーの1人が「ちょうどピットにアルファードがあるから、インパネ外して、その状態のまま装着してみませんか」と言い、作業し始めた。装着が終わると、遠巻きに見ていた皆がアルファードの周りに近づいていった。誰かが「いいね!」と思わず声を上げた。そう、実際にクルマに装着された大画面ナビは、存在感があった。特にアルファードのような大きなミニバンだと、なおさら映える。通電してみると、地図も見やすいし、映像も迫力があった。「渡辺さん!これはいいですね」。思うままの感想を素直に口に出した若いメンバーに、渡辺が笑顔で応えていた。
もうひとつの製品、パーフェクトフィット。
一方、酒井と西田はインパネの開発に取り組んでいた。大画面ナビを装着するには、アルパインが独自にインパネを作らなければならない。もちろんインパネ全体ではなく、カーナビ周りの一部分ではあるが、だからこそ残った他のインパネにピタリと合うように作らなければならない。そのためには高い精度や質感が求められるのだが…、なかなか製作を受注してくれる会社はなかった。この時点では、まだ大画面ナビが売れるかどうかが分からず、販売計画の台数が少なかったからだ。「その数では、商売にならない」という訳だ。それでも諦めず探し続けていると、ついに神奈川県にある小さな町工場が一件、この製品に共感して受注してくれることになった。その町工場は、根気強く、試作品を何度も製作してくれた。インパネの構造、質感、色、精度…。確認と変更を繰り返す地道な作業の末に、ようやく大画面ナビを美しく装着できるインパネが完成した。これで発売の目星がついた。カーナビの新しいストーリーが、始まろうとしていた。
ネーミングは、「ビッグX」に決まった。名付け親は、岩渕だ。インパネもアルパインの製品なのだから名前を付けよう、という話になり、「パーフェクトフィット」に決まった。それまでの市販カーナビにありがちだった後付け感など微塵もない、ぴったりとフィットする製品であることを伝えたかった。このパーフェクトフィットを車種ごとに専用設計して、用意したのである。
広告やカタログでの表現にも、こだわった。「7型から8型に変わった、と言ってもお客様には大きさが分かりづらいだろう。7型の1.43倍と表記しよう。カタログや店頭POPに至る、隅々まで…」。発売が間近に迫る中で、各部署が一丸となっていた。
7型を8型に。それはまさに型破り。
そして2010年、初のビッグX(VIE-X088)が発売された。登場するやいなや、ヴェルファイアとアルファードのオーナーから人気を呼んだ。やはり、このクラスの大空間ミニバンには、大画面のナビがふさわしいとオーナーの方も共感してくれたのだ。自動車雑誌も、カーナビの新しい流れとして次々と記事に取り上げ、ビッグXの認知は一気に広がった。結果、予想を遙かに超える売上げを記録し、ビッグXはアルパインのカーナビの柱になった。
そして2012年には、9型大画面のビッグXが登場。インパネのデザインや質感に加えて、車種ごとに専用の操作キーまでも開発するなど、アルパインならではの車種専用設計が突き詰められた。2014年には10型大画面を搭載したビッグXプレミアムを発売し、2017年にはついに11型という圧倒的な大画面を備えたビッグX 11が登場した。もちろんナビ本体の機能や性能も年々高められ、顧客満足度調査1位や用品大賞などを受賞。大画面ナビという新しいカテゴリーを創出し、ライバル各社が参入するなか、そのリーダーとしてのポジションを守り続けた。
ビッグXの誕生のきっかけは、本当に些細な会話からだった。7型を8型に。まさに型破りの発想を、目に見える形にし、発売へと花開かせたのは、アルパインの人間力に他ならない。いま人々が自動車に対して持っている常識の何かが、いずれアルパインによって変わることがきっとあるだろう。